トラニ、美しいドゥオーモ
途中で地元のおじさんに声をかけられた。どこから来たの?
友人Kが“Giappone.”と答えると、きき間違えられて“Giarmany!?”とびっくりされる。
こっちがびっくりだ。
確かどこかにトラニにはドイツ人がたくさん来ると書いてあったような。
でも私たち、どうみても東洋人でしょ?
しかし今日はワールドカップ、ドイツとイタリアの準決勝。イタリア人は何かとドイツ味を帯びているのかもしれない。
私たちが首を横に振っているのでおじさんはまたきいてきた。
“English? Giarmany? o Tokyo?”
すごくわかりやすいような とてもわかりにくいような、もしかしてここトラニでは東京は有名だけど日本はあまり知られていない、とか?
おじさんには一度別れを告げたが、この後2度も会うことになる。
歯がまだらの、おじさんというよりはおじいさんかな、という感じの、よくいる
ちょっと笑っちゃうおじさんだ。
2度目に会ったときは挨拶だけだったけど、3度目に会ったときはもっとたくさん話しかけてきた。が、私自身がイタリア語を理解しようとすることにちょっと疲れて面倒くさくなってきてしまっていたので、きかれたことにテキトウな間をおいていい加減に“Si,si.”と返事をしていたら、「大学?」「バーリの?」というところでsiと言ってしまったので、私たちはバーリ大学の学生になってしまった。
「おー、そうかそうか!」と、
いくら日本人は若く見えるといってもね、それで納得していいのか、おじさん?
海沿いに湾の道路を歩きながら、私たちは昼食をとるところを探したが、なかなかここといういい場所がない。
トラニになら、海が見えるおいしいトラットリアがあるんじゃないかと思ったのだが・・・。
どうも今回、庶民的なトラットリアをみつけることができない。
私たちが活動している時間帯、プーリアの街はまだ眠っているようなのだ。
すべての始まりがもっと遅いようなのだけれど、結局私たちはその活動時間の修正が上手にできないままずっと行ってしまった。
目当てのドゥオーモは、突然目の前に現れた。
うわぁ~! 美しい! ステキだ!
さあ、中へ! と思ったら、またやられた。中が修復中で入れない。
入り口は木板でふさがれている。節の穴から中を覗くとこんな様子。
そしてその木板の前に群がってなにやら説明を受けていたのはドイツ人の団体だった。
学校の生徒と引率の先生たちのような雰囲気。
見るところはここしかないのに、中に入れないなんて。
私はドゥオーモを一枚描こうかとも思い挑戦したのだが、なにせ暑くて熱くて、とてもじゃないけど絵なんか描いてる環境じゃない。死んでしまう。描きかけたが、やめにした。
その間ドゥオーモの入り口の近くの階段に座って待っていた友人Kは、入り口まで来ては入れないことを知りがっかりして帰っていくドイツ人をたくさん見たらしい。
「絵葉書とか、ないのかな。」
私たちは、最初の学生集団が向かっていったドゥオーモの脇のほうに行ってみた。
すると、ちょっとしたショップがあって、小物や絵葉書が売っていた。
どの絵葉書も品質的に満足のいくものではなかったが、強いて選んで買ってみる。
そのまま私たちがとぼとぼ帰ろうとしたら、店のおじさんが私たちを呼び止めた。
“Si puo entrare.”
おお? 中に入れるらしい。
おじさんに導かれ、私たちは地下聖堂らしきものの前にやってきた。
見たかったフレスコ画はこっちにあったのだ。工事の余波が地下にも現れていろんな道具が置いてあったりビニールシートが掛けてあったりして、落ち着かない雰囲気ではあったけど。
もう、崩れかけて何が描かれているか判別も難しいくらいになっていたけれど、宮下氏が解説している絵をみることができた。
しかし奥にある礼拝堂のようなところには、さっきのドイツ人生徒集団がまた退屈そうな説明を聞いていてすぐには入れなかった。
私たちは彼らがいなくなるのを待ってから中に入った。
ショップのおじさんは、実はショップの売り子だけしていればいいわけではなく、修復工事をしている人たちの手伝いをしたり、フレスコ画他堂内の装飾の監視をしたり、観光客を誘導したり、なにかと忙しそうだった。
おかげ様で大事なものを鑑賞できました。ありがとう。
《つづく》