もう先月のことになりますが、旦那が単身北海道に行ってきました。
大阪と北海道には相変わらずひとりでぶらっと行ってしまいます。
よくメールが来るときは、ああ、今回はホントにひとりなんだな。と思います。
行ったきりメールが来ないときは、ああ、今回は向こうで誰かと一緒なんだな。と思います。
多少は気になるものの、深く詮索はしません。
年に一度とはいえ、旦那をおいてイタリアまで出掛けてしまう私は、そんなことをとやかく言える立場ではありませんし、私も自由が欲しいですから、相手の自由も奪いません。
と、お互いが思っているので問題は起こりません。
これは、一緒にイタリア料理を食べながらワインが飲めることよりも、一緒に暮らすうえでは重要なことだと思います。
で、これは
ししゃもです。
旦那はこういうもの…いりこ出汁もイワシ料理も、まったくもって感動は分かち合えません…はあまり好まないのですが、「本物だぞ」と意気込んで買ってきてくれました。
彼は2~3本食べたでしょうか。あとは私のものです。私はこの手のもの好きなので、大喜びです。
しかもこの、ふっくらとした「本物」の身体をご覧ください。
ほろほろぷちぷちとしたたまごのボリュームも北海道ならではでしょう。
さらに、もっと好きな
いくらです。
生ではなく醤油漬けですが、わがままは言っておられません。
私は、おおいに喜ばねばならないのです。
というとちょっと変ですが、実際、喜んでいるのです。が、どうも私はリアクションが淡泊で、
旦那が私を喜ばせようとしてしてくれる様々なことを、「ふーん。」とか、「そう。」とか、なんとも思っていないような一言で片づけてしまう節があり、旦那はよくがっかりするのです。
しかしそこでひとり傷つきだまって落ち込むタイプではなく、なぜ喜ばないのかと怒るので、私は自分のリアクションがまた旦那をがっかりさせたことに気付き、しかしまた「ああ。ごめん。」と淡泊に発言し火に油を注ぐのです。
そんな出来事を職場の某同僚によく報告していて、彼女は旦那に同情しています。
どうも彼女は、いつも旦那側の立場にいるらしく、がっかりする側のようで、私ではなく旦那の味方なのです。
もっともだと思いつつ、なかなか態度が変えられない…気づいた時にはいつも遅い…私だったのですが、
最近彼女に「よく頑張った、aglianicoさん、成長したね。」といわれるようになりました。
そして彼女は、自分の相手もいつか成長してくれるのだろうか、いや、してくれまい・・・と心のうちで思っている様子です。
いくらは旦那も私も好きですが、こういうときは旦那はいつも自分で食べようというよりも、私に食べさせようとして買ってきてくれます。
自分が食べたいから買って行って、ついでに旦那にも食べてもらおう、という私の思考回路とは根本的に違うのです。
この日は酢飯を作って、手巻き軍艦を楽しみました。
彼がいくらを食べたのは北海道土産を開封したこの日だけで、その後まだ残っているいくらが話題に登らないので「食べないの?」ときいたところ、「なんだ、食べてないのかよ。お前に買ってきたお土産なんだから、お前が食べろよ。」と。
いくらおろしでふたりの食卓にも出しましたが、私ひとりのお昼や私ひとりの夕飯でもうきうきと消費し、数日にわたり楽しませていただきました。
次の北海道は私も連れて行ってくれるそうですが、いつ頃になるのでしょう。
来年は土佐にも行かないといけないし、仕事しない分、収入減るのに忙しい年になりそうです。